「結婚」を理由とする離職や、「出産・育児」を理由とする離職は、依然として少なくありません。そして、子どもがある程度大きくなり社会復帰をする方も多いですが、パートやアルバイトとして低賃金で働いている方が多いのが日本の特徴です。
また、「介護・看護」が離職理由に占める割合は大きくないものの、介護や看護のために離職する介護離職は2017年には約9万人となっています。2010年代に入っておよそ2倍に増えただけでなく、日本の高齢化を反映して、このままではこれからも増え続けることが予想されます。
そこで、やむを得ない理由やキャリアアップにより自己退職した従業員を、本人の希望により再雇用するジョブリターンに注目が集まっています。
育児・介護からのジョブリターン制度整備奨励金とは
人手不足が深刻な中小企業にとっては、育児や介護により離職したとしても、また職場復帰してくれる元従業員の方はありがたい存在です。採用活動をして入社しても、ミスマッチによりすぐに退職してしまうことは珍しいことではなく、これは企業にとっては大きな痛手です。
もちろん、従業員の方からすれば、以前に働いていた会社の企業風土や、現場で培った業務内容、仕事のやり方も理解しています。企業側、従業員側がお互いにわかっているため、ミスマッチが起こりにくく優れた仕組みといえるでしょう。
そこで、退職前の会社に復帰できる仕組みを整備する中小企業を支援するために、東京都では育児・介護からのジョブリターン制度整備奨励金が設けられています。
東京都として退職前の会社に復帰できる制度を整備する企業を支援することにより、働く意欲を持つ子育て中の方などが再び仕事に就き、能力を発揮できる環境整備を推進する狙いがあります。
ジョブリターンとは
そもそもジョブリターンとは、結婚・配偶者の転勤・妊娠・出産・育児または介護等を理由に退職した方が、退職前の会社に復帰できる制度のことをいいます。再雇用制度やキャリアリターン制度、カムバック制度などのように呼ばれることもあります。
ジョブリターンによって復帰した従業員の方は、企業にとっては能力を把握できている人材ですし、入社後にミスマッチが起こりにくいと考えられます。また、仕事内容も把握しているので、採用や教育に掛かるコストが抑えられる制度ともいえます。
その一方で、気を付けなければならない点は、入社後の待遇についてです。元いた従業員の方が退職した後も、その会社に在籍していた従業員の方々との不公平感が出ないような配慮が求められるでしょう。復職までのブランクが大きい場合には、契約社員やパートなど多様な選択肢を用意して運用すると良いかもしれません。
奨励金の概要
「育児・介護からのジョブリターン制度整備奨励金」は、結婚・配偶者の転勤・妊娠・出産・育児または介護を理由に退職した方が、元の会社に戻って働ける環境の整備を後押しする制度です。
ジョブリターン制度の整備と社内および社外への周知といった奨励事業に取り組んだ中小企業に、「育児・介護からのジョブリターン制度整備奨励金」として、1社あたり20万円支給が支給されます。この奨励金は、要件を満たした上で毎月特定の日にエントリーし、抽選で当選しないと申請できないため注意が必要です。
この奨励金は東京都が行っているため、都内で事業を営んでいる中小企業等であること、都内に勤務する常時雇用する労働者を2人以上、かつ6ヶ月以上継続して雇用していることなどの要件があります。
奨励金の金額
育児・介護からのジョブリターン制度整備奨励金では、1社あたり20万円の奨励金が支給されます。ジョブリターンを果たした従業員の方に直接奨励金を支給する事業ではなく、企業や法人に対して奨励金を支給する形になっています。
奨励金の額は1社あたり20万円とそれほど高額ではありませんが、ジョブリターン制度そのものが企業側にも従業員側にもメリットのある制度です。社内の制度として整備しておいても良いでしょう。
ジョブリターン制度の整備
この奨励金では、ジョブリターン制度を新たに設けることで奨励金が支給されます。そのため、元々就業規則があるけれど、そこにはジョブリターン制度がないこと、そして新たにジョブリターン制度を就業規則に設けることが求められます。
ジョブリターンにはさまざまなケースがありますが、奨励金の対象となるのは育児・介護からのジョブリターンとなります。したがって、定年再雇用制度などは対象となりません。
その他、整備する制度要件の主なものを6つ紹介します。この①~⑥のすべてを満たす制度を整備しなければなりません。
- ①制度の対象となる退職理由として、結婚・配偶者の転勤・妊娠・出産・育児及び介護がすべて明記されていること
- ②退職者が、その退職の際または退職後に、退職理由及び就業が可能となったときに当該退職に係る事業の事業主または関連事業主に再び雇用されることの希望を有する旨の申出を登録し、事業主が書面に記録すること
- ③制度の対象となる年齢について、定年を下回る制限を設けていないこと
- ④退職後の期間が一定期間内の者のみを対象とする制度の場合、その期間は3年以上とすること
- ⑤勤続期間が一定期間以上の者のみを対象とする場合、その期間は1年以内とすること
- ⑥退職前の勤続年数、資格等級等及び退職から再雇用時までの就労経験、能力開発の実績等を評価して処遇を決定することとし、原則として退職時雇用形態、職種を維持すること。なお、利用者の希望を踏まえ、退職前と異なる雇用形態、職種で雇用する場合も、退職前の勤続年数、資格等級等及び退職から再雇用時までの就労経験、能力開発の実績等を評価した処遇の格付けを行うこと
奨励金の支給要件
次に示す主な要件は、交付申請時からそのすべてを満たしている必用があります。事前エントリーをする前に確認しておきましょう。
- ①都内で事業を営んでいる常時雇用する労働者数が300人以下の中小企業等であること(個人事業主も含みますが、都内税務署へ開業届を提出している必要があります)
- ②都内に勤務する常時雇用する労働者を2人以上、かつ6ヶ月以上継続して雇用していること
- ③就業規則を作成して事業所を管轄する労働基準監督署に届出を行っていること(受付収受印が確認できること)
- ④ジョブリターン制度が労働協約または就業規則(本則)または本則に連携する規程に明文化されていないこと(結婚・配偶者の転勤・妊娠・出産・育児・介護の6ついずれの理由によるジョブリターン制度も明文化されていないこと)
- ⑤都のホームページへの企業名等の公表に同意すること
- ⑥労働関係法令について、賃金や労働時間等に関する労働関係法令を遵守していること。
- ここでは、年次有給休暇について年5日を取得させる義務に違反していないこと、セクシュアルハラスメント等を防止するための措置を講じていることという要件に注意しましょう。
- ⑦都税の未納付がないこと
- ⑧過去5年間に重大な法令違反等がないこと
- ⑨風俗営業、性風俗関連特殊営業、接客業務受託営業及びこれに類する事業を行っていないこと
- ⑩暴力団員等でないこと
- ⑪企業等の代表者が本奨励金を利用または申請したことがないこと(申請を撤回した場合は再申請可)
この中でも、年次有給休暇について年5日を取得させる義務やセクシュアルハラスメント等を防止するための措置は、義務化されてからそれほど日が経過していません。知らないうちに法改正されていたという方もいらっしゃると思いますが、この機会に対応しておきましょう。
奨励金の受給に向けた社内制度の整備
次に、奨励事業としてジョブリターン制度の整備と社内周知および社外周知に取り組みます。事前エントリーの後、申請可能企業確定の連絡が来たときのみ奨励金の対象となります。
- ①ジョブリターン制度を新たに整備し、就業規則(本則)または本則に連携する規程に定め労働基準監督署に届出を行うこと。
- ②①で定めたジョブリターン制度について、社内周知及び社外周知を行うこと。
定年後等の再雇用制度がすでに導入されている場合、対象者のみを拡大する場合は、制度を整備しても本事業の対象とならないため注意が必要です。定年後の再雇用制度は別に定めることが求められています。
また、就業規則(本則)の別則として整備する規程が、就業規則(本則)の引用条文によりその別則の連携が明記されていない場合も本事業の対象となりません。よくわからないままモデル就業規則を利用して形だけ就業規則を作成しているケースもありますが、奨励金の対象から外れてしまうことになりかねませんので注意してください。
②の社内周知については、オフィス内での掲示、社内ミーティングでの説明、インターネットへの掲載等などを行うことで社内周知をしたと解釈されます。
社外周知は、ホームページへの掲載、求人要領への掲載または来客等社外の方へ周知が可能なスペース、通路、入口等への場所における掲示等による対応が該当します。企業の取組として広く外部に向けてPRすることで、退職者や今後の採用予定者等への制度内容の周知が図られる内容が該当します。
申請期間とタイミング
育児・介護からのジョブリターン制度整備奨励金は事前エントリーが必要となっており、その日時や受付期間も決められています。要件を満たした上で毎月特定の日にエントリーし、抽選で当選しないと申請できません。
直近の事前エントリー受付日は、以下の第4回~第7回が公表されています。受付時間はいずれも10時から17時です。
- 第4回受付日:2021年 7月20日(火)予定数80社
- 第5回受付日:2021年 8月19日(木)予定数80社
- 第6回受付日: 2021年9月17日(金)予定数80社
- 第7回受付日: 2021年10月19日(火)予定数20社
エントリー受付期間終了後、すべてのエントリーに対して、エントリーの際に入力したEメールアドレスに労働環境課から申請の可否について連絡が来ます。抽選を行わなかった場合でも連絡は来ますので、メール連絡を待ちましょう。
そこから申請期限まではおよそ2週間とされ、例えば第6回受付の場合は2021年10月5日(火)が申請期限とされています。
事業実施期間は3ヶ月以内とされ、例えば第6回受付の場合は2021年11月1日(月)~2022年 1月31日(月)が事業実施期間です。この期間内に奨励事業を実施します。もちろん、改正した就業規則の労働基準監督署への届出も、奨励事業実施期間内に行う必要があります。
そして、およそ2週間後が報告書の提出期限であり、第6回受付の例では2022年2月15日(火)とされています。
育児・介護からのジョブリターン制度整備奨励金の申請の流れ
育児・介護からのジョブリターン制度整備奨励金の申請の流れは次の形です。
- ①事前エントリー(東京都産業労働局雇用就業部ホームページ「TOKYOはたらくネット」からエントリーします)
- 抽選によって当選する必要があります。申請可能企業確定の連絡が来たときのみ、申請に進むことができます。
- ②事業計画書兼交付申請書提出
- この書類をもとに審査が行われます。
- ③奨励事業の実施
- ④実績報告書の提出
- この書類をもとに審査が行われ、問題がなければ奨励金が支給されます。
育児・介護からのジョブリターン制度整備奨励金では、郵送による提出に限定されています。記録が残る簡易書留、レターパックプラス等の方法により送付しましょう。
まとめ
育児・介護からのジョブリターン制度整備奨励金は事前エントリーが必要となっており、その日時や受付期間も決められています。その上、抽選で当選しないと申請できません。制度の整備の部分では、法令遵守や複雑な制度要件も求められています。
それでも育児・介護からのジョブリターン制度は、運用コストやミスマッチのリスクの低さから、企業側にも従業員側にもメリットがあります。このジョブリターン制度を整備し、その内容を周知することで受け取ることができるこの奨励金は、活用する価値があるといえます。
事前エントリーを検討していらっしゃる事業者の方は、当社補助金バンクを活用してみてはいかがでしょうか?補助金バンクには最新の労働関係法令や就業規則の作成・変更など、この奨励金のエントリー前に必要となる社内環境の整備について経験豊富な専門家が多数登録しています。自社に合った専門家とともに社内の制度整備を行い、この奨励金にチャレンジしてはいかがでしょうか?